(イラストレーター修行物語 その4)

あっという間に妊娠したわたくしはあっという間に退職し、あっという間に
専業主婦になるのである。予想外の展開だ。
妊娠中は予想外に調子が悪く、予想外につわりが続き、予想外に家事もできない。
実はちょっと「セツに通ってみようかな。」とも考えていたのだが、イラストレーター憧れの
聖地と呼ばれているセツ・モードセミナーという絵の学校は、試験もないかわりに
なんと抽選で学校に通えるチャンスを得られるという、よく考えればとんでもない学校で、
もっとよく考えれば妊娠中の体で学校に通うのはあまりにもリスキー。ここはひとつ
子供を生んでから通いましょう、と相成ったわけでございます。

・・・・みなさん・・・・子持ちの皆さん・・・・皆さんならご承知でございましょう・・・・
乳児のいる生活がどんなに思い通りにいかないか・・・・。

赤ん坊に乳やってオムツかえるだけでどうしてこんなに自分の時間がなくなるのか。
出産自体は安産で産後の肥立ちも順調だったわたくしですが、泣く乳児、不慣れな家事、
慢性睡眠不足、孤独な毎日。

あっという間に育児ノイローゼでございます。

その頃のイラストの仕事は、雑誌掲載が年2.3回といったところでしょうか。
(これも友人の紹介だった。さんきゅう友人。)
プロのイラストレーターというには、あんまりな仕事量。しかし仕事を増やそうにも
営業活動にも出られない。泣く乳児。不慣れな家事。八方塞がりなこの生活。

こんなはずではなかった。わたしの東京生活。

何にもできない。楽しいことなんか何もない。一日中家にこもって子供の世話をして、
ただぼんやりと寝たり起きたりの生活。また泣くか。何で泣くのか。
わたしはイラストレーターになりたいのに、なんでこんなことになってしまったのか。

そんな毎日の中、大阪への転勤が決まりました。

実はそのときには「もうイラストレーターにはなれないだろうな。」と静かな気持ちで
考えておりました。イラストの仕事といえば東京でなくては、と卵たちが続々と
東京を目指す中で、地方(大阪の人は大阪をこう呼ぶとものすごく怒りますね。でも
私にとっては東京以外はみんな地方だったのよ。)に住むのはものすごく不利な状況
であるということは地方出身者のわたしには、いたーいほど実感しておりました。

ところが、ものすごい追い風が吹いたのだ。

それは

インターネットの爆発的な普及でござる!きゃほー!

それまでは、実際に紙に描いたイラストを編集部に持っていったり、バイク便で
納品したりしていたのが、イラストのデータ納品が一般的になっていったのです。
最初はフロッピーにその後CDRに、そして現在ではメールに添付して、ものの数分で
納品できる状況になると、どこに住んでいるかは重要でなくなってきました。
そして、そんな中で私が仕事をするにあたり、「これだけは負けない売り」というものが
身についてきたのです。

「速さ」です。

ある日知り合いの編集者から「ものすごく急いでいるので、こういうイラストを
描いてくれないか。」という電話が来たので、30分ほどでイラストを送ったことが
ありました。まさかそんなに早くイラストが納品されると思わなかったその知り合いの
編集者はたいそう驚き、ここここれで今夜は家に帰れるうう、とむせび泣いたのでした。
そうです。出版業界で「仕事が速い」というのは大変重宝される貴重な武器なのです。
そんな仕事を何回かこなしたのち「なんだかものすごく速いイラストレーターが関西に
住んでいる。」といううわさが出版業界に流れ(おおげさ)、いつの間にか仕事量も
増えていったのです。

ここで疑問。デビュウの際のあのおかしな(おかしな言うな!)イラストは何日もかかったのに
どうしてそんなに早く仕事ができるようになったのか?

むふふふふ、お答えしましょう。

それは(思わせぶりな続く)